柳井正が10代に投げかける「10の問い」:編集長インタビュー

柳井 正|ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長

「10代と問う『生きる』『働く』『学ぶ』」特集。創刊以来、初めて10代に向けた特集を企画した。背景にあるのは、10代をエンパワーメントしたいという思いと、次世代を担う10代とともに「未来社会」について問い直していくことの重要性だ。「トランプ2.0」時代へと移行した歴史的転換点でもある今、「私たちはどう生きるのか」「どのような経済社会をつくっていくのか」という問いについて、10代と新連結し、対話・議論しながら、「新しいビジョン」を立ち上げていければと考えている。

特集では、ドワンゴ顧問の川上量生、 軽井沢風越学園理事長の本城慎之介、 神山まるごと高専理事長の寺田親弘による表紙座談会をはじめ、世界を変える30歳未満30人に注目した「30 UNDER 30」特集との連動企画「15歳のころ」には、ちゃんみな、Shigekix、ヘラルボニー松田崇弥、文登、Floraアンナ・クレシェンコといった過去受賞者が登場。そのほか、ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正、前台湾デジタル発展相大臣のオードリー・タンへの10代に向けたスペシャルインタビューも掲載している。

10代と問う「生きる」「働く」「学ぶ」特集の最後を飾るのは、スペシャルインタビューだ。日本を代表する経営者・柳井正が10代に向けて投げかける問いとは何か──。


2015年、ファーストリテイリングの会長・柳井正は、あることを始めた。公益財団法人柳井正財団を設立し、日本国籍をもった若者を米英の大学の学士課程に送り込むというものだ。学費だけでなく、寮費、保険、生活費を「返済不要」の奨学金として提供する。高い志や情熱をもった学生たちが、どんな人間に成長していくか。時間をかけた壮大な支援である。

この奨学金プログラムがスタートして今年で10年。昨年までに奨学生になったのは272人。進学先は、ハーバード、イェール、コロンビア、スタンフォード、オックスフォード、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンなど、世界トップクラスの約50の大学。応募した全学生に対して、柳井正が最終面接を行っている。

柳井が若者たちに伝えたいこととは何か。山口県の小さな衣料品店からユニクロでアパレル業界世界3位になった彼からのメッセージを聞いてみよう。

1.〈あなたは、「これが自分の人生です」と言えますか〉

財団をつくったきっかけは、日本はサラリーマンが増えたなと思ったからです。サラリーマンが増えること自体は別に悪いことではありませんが、違和感を覚える点があります。ユニクロは東南アジアにも多く出店していますが、東南アジアと比べると違いがあります。日本人の行動が受け身であるということです。

なぜだろうと思っていたら、財団をつくる際、有名高校の先生と話す機会がありその先生からこう言われました。

「日本の高校生は世界一です」と。

そして、先生はこう付け加えました。

「世界一の高校生たちは、大学1、2年目でダメになります。全員サラリーマン化してしまうのです」

先生が言うには、日本の大学の授業は教室で一方的に話を聞いて、学生たちは暗記して知識として吸収する。一方、アメリカでは教授も学生も対等に議論することができるけれど、日本の大学では「あなたはどう考えますか?」と聞かれることがないから、何も答えられない、と。こうして言われたことに従うだけの人間になっていき、どの企業に就職するかだけを考える、日本の大学は「サラリーマン予備校」だというのです。

ただ、僕は「意見を言える」だけではダメだと思っています。意見を言う以上に行動を起こすことができるか。あなたの人生はどうだった? と聞かれて、「これが自分の人生です」と言えるように挑戦していないといけない。

もともと日本の国立大学は国家を築く官僚を養成するためにつくられた官立の機関であり、「発展途上国型」と言えます。しかし、今は30年間も経済成長せず、円安ドル高が進んで、年収500万円といってもドル換算すれば、価値は半減して250万円程度です。年功序列・終身雇用の時代が終わり、「ステータス(地位)」に安住できる社会ではなくなった。行動を起こすことに価値がある社会に変わっています(編集部注・思想家の丸山眞男も、身分制度など「状態」に重きを置く社会と、行動に価値を置く社会の性質を、『「である」ことと「する」こと』という評論にまとめている。「である」型の「状態」が支配すると、社会は行動する人が減り、近代化に失敗する)。

世界がこれだけ変化しているのに、受け身の姿勢であれば、翻弄され続けるだけで自分の人生は築けません。他人に振り回される人生が当たり前になることに、日本の本当の危機を感じるのです。

計画を立てて実行に移したら、予想通りにいかないので失敗に気づく。失敗の理由を明らかにしていくと、次に生きる。それが「成長」です。

他人から言われたことしかやらない人生を歩んでどうするんですか。あなたは、「これが自分の人生です」と言えますか。そう問いたいのです。

2.〈それは自分で考えてたどり着いた言葉なのか〉

僕が「受け身」の人生というものに違和感を抱いたのは、「最近の若い人は」という世代論ではなく、僕が大学に入学したころからです。

1967年、山口県の田舎町から早稲田大学に入学するため、東京に出てきました。新しい人生のスタートだったのに、当時は学生運動が盛んで、大学はバリケードで封鎖されて、デモで授業は中止です。

ところが、拡声器で学生が叫ぶアジテーションや、キャンパスに並んだ立て看の言葉が、自分で考えた言葉なのかと疑問でした。誰かが指示した言葉をそのまま並べただけで、自分で考えていない、ステレオタイプに思えてしまう。さっきの先生の言葉を借りるなら、付和雷同の「サラリーマン化」です。

大学の授業が受け身の教育なら、反体制を訴える側も右へ倣えの思考停止。こんな調子だと、日本の大学で自己実現のための探究などできませんよ。

そこで、僕は世界一周をしてみようと思い、19歳の時に初めてひとり旅をしました。

そこでわかったことがあります。

3.〈知ることとわかることは違う〉

僕は戦後の1949年生まれで、ちょうど子どものころにテレビが家庭に入ってきた時代です。当時、テレビといえば、「パパは何でも知っている」「ララミー牧場」「ローハイド」など、誰もがアメリカの番組に夢中になっていました。自由、平等、寛容な精神など、当時のアメリカ社会は世界の憧れでした。

世界一周はサンフランシスコからスタートしました。次にロサンゼルスに行き、グレイハウンドバスに乗って、グランドキャニオンを回って、それからメキシコに入ったのですが、今では信じられないかもしれないけれど、メキシコの方が安全でホッとしたんです。当時のアメリカの都市部はどこも危険。「あの通りには行くな」など、ベトナム反戦運動で町が荒れて、人心が荒廃していたのです。

メキシコを回り、再びフロリダから入国すると、ニューヨークは犯罪都市といわれている。テレビや映画で見るアメリカというのは虚構なんですよ。「つくりものの世界」。ジョンソン大統領が「偉大な社会(Great Society)」というのを打ち出していましたが、そう宣言しなければならないほど荒んでいました。

結局、この旅を通して、世界の現実を実感できました。知るとわかるは大違いだということが身をもってわかりました。

今、インターネットの仮想空間に浸っていると、体験したような錯覚に陥るでしょう。でも、手触りみたいなものがないのです。自分の目という解像度が高いレンズで現実の世界を見ると、その本質がわかり、世界の構造をクリアに解くことができる。

これはのちにビジネスでも必要となる体験でした。 


やない・ただし◎ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長。1949年生まれ。1972年、父親の経営する小郡商事に入社後、84年、『ユニクロ』第1号店を広島市に出店、同年に社長就任。91年、社名をファーストリテイリングに変更。2015年、柳井正財団を設立。

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